このマチ(ポンベツ)でずっと

奔別のアートプロジェクトの会期終了から約1ヶ月。撤収作業と「ありがとうの夕べ」を終えてからも既に2週間が経過しました。
約2ヶ月間、滞在制作の追い込み中には毎日を、公開開始からは毎週末を過ごさせてもらった幾春別中島集会所から出発する際に、この地域の建物の管理を任されているえっちゃんが見送りに来てくれました。
お世話になった大勢の地域の方々のなかでも、私たちにとっては最も関わりの深かったえっちゃん。
午前中に一度顔を出した時も、前夜の終宴後の帰りがけにも「明日は見送りには来ないからね」って言っていたのに、学生たちが出発する時間を見計らって顔を出してくれたのです。
いつも優しく接してくれたえっちゃんの存在は、ある意味非日常の生活を送る学生たちにとっては大きな拠りどころだったはず。お手製の帽子を何枚もプレゼントしてくれたりもしました。
「いつでも遊びにおいでよ」。と見送ってくれるえっちゃんに笑顔で応えて、学生たちは日常の場所へ帰ってゆきました。
学生たちを乗せた車を見送ったあと「あら、行っちゃったね。また寂しくなるね」とポツリ。
炭鉱町の盛衰のなかで日常の営みを続けてきた地域の方々にとって、この夏から秋にかけての数週間がどのような時間だったのか、それはきっとこの先じんわり感じられることかもしれませんが、ある活気をもたらしたことは事実だと思うのです。
集会所から視線を移すと必ず見える立抗やぐらの風景も、この数ヶ月ですっかり秋の景色に変わっていましたが、このマチの人々の暮らしは、きっと変わらずにこれまでどおりに続いていくのでしょう。
これまでも、これからも。このマチで、ずっと。