可逆的と不可逆的なお話

本日は冨田哲司さんのジェッソにまつわる話です。冨田さんは札幌市立大学の前身の札幌市立高専の3期生で、1993年に教員に赴任した上遠野と新入学生の冨田さんは、言わば同期生です。数々のアートプロジェクトを手伝ってくれました。2001年に専攻科を修了。同校の海外派遣特別研究員として1年間ロンドンの大学で学んでいます。その後、ビジュアルアーティストとして活動。2004年の「赤平炭鉱アートプロジェクト」にも参加して、抗口浴場での映像作品や住友立坑の外壁を使用した巨大スクリーンの映像を上映しました。

ロンドン繋がりで同床異夢。私が大学で彫刻を学んでいた1980年代、ニューペインティングの台頭とともに世田谷美術館のイギリス美術の積極的な紹介もあり、ニューブリティッシュスカルプチャー(トニー・クラッグ、リチャード・ディーコン、アニッシュ・カプーア、バリー・フラナガン、アントニー・ゴムリーなど)の新しい彫刻のうねりに新鮮な驚きを感じていました。1987年の春休みにヨーロッパの美術を見ようとロンドンを訪ね、文化庁芸術家在外研修をしていた舟越桂さんのアパートに一週間ほど寄宿させてもらいました。当時、舟越さんは東京芸大彫刻科の木彫実習を教えていて(私は実習助手でした)、木彫の半身像の人気と同時に、面倒見と人柄の良さもあって学生に大人気でした。大勢の学生がロンドン経由の際に舟越さんにお世話になっています。ヘイワードギャラリーでトニー・クラッグの個展を見て、作品の発想や素材の使い方などの鮮やかさに現代美術の指針をもらいました。その後、私は木彫の具象から集合集積のインスタレーション作品に移行しました。

1988年、ベネチアビエンナーレ日本代表として帰ってきた舟越さんは、自作を含め他の作家の話してくれました。アートの最高峰の最新情報は夢のような話で心躍らせて聞き入りました。イギリス代表のトニー・クラッグの話は中でも印象に残っています。石膏が柔らかいときにくるっと巻いた作品のことで、クラッグいわく「沈殿物を(貝を)元のように巻いてあげたのさ」と言ったそうだ。なんと言う発想の斬新さ、形態をひねくり回すことだけに腐心して私は、その鮮やかな思考に強烈な一撃を食らいました。創るということは思考の産物で奥が深いということを。厳密に言えば貝殻の成分(炭酸カルシウム)と石膏の成分(硫酸カルシウム)は違うのであろうが、イマジネーションの中では近い。貝の成分が堆積したのが炭酸カルシウムでカルシウム繋がりである。「可逆的」な作品である。
冨田哲司さんの作品「 Irreversible」(イリバーシブル:不可逆的な)はホッパー内のテレビや冷蔵庫、事務用品などに白く塗られ塗料をジェッソと言います。炭酸カルシウム(石灰石)とチタニウムホワイト(二酸化チタン)をメディウム(アクリル樹脂)で混ぜた地塗り剤です。炭酸カルシウムは貝殻や珊瑚、卵の殻、石灰岩、大理石、鍾乳石、白亜の主成分です。ジェッソには焼石膏(硫酸カルシウム)を使っていると書かれているものもあり、クラッグの「可逆的な」イメージとジェッソは合致します。冨田さんはジェッソを用いて「不可逆的な」戻ることができない時の流れをリセットさせて同一スタートラインに「もの」と「こと」を並べて再スタートさせています。この作品はホッコンさんのご好意で、そのままの状態でホッパー内に置かれています。白く塗ったテレビや事務用品は、やがて金属がさび、人工物は劣化して、雨漏れの水滴としぶきを受け、壁は山側の土圧で浸水が増して、植物が生え昆虫や微生物のコロニーを形成するであろう。インダストリアルネーチャーは緑の植生だけではなく昆虫や微生物のコロニーも指すのであろう。少しずつ姿を変える作品を今後も見たいものです。冨田さんは時間という物差しを、ジェッソを使うことで持ったのである。 

上遠野敏(アートプロデュサー)