夕張清水沢

旧北炭清水沢火力発電所


(写真提供 夕張市)

1926(大正15)年に完成した北炭の自家発電所。
当初6000キロワットの発電機が配備されたが、電力需要の増大に伴い次々に増備し、昭和30年代前半には最大出力74,500キロワット、認可容量49,500キロワットを誇り、わが国有数の自家発電所と言われた。
戦後復興期の北電への電力供給や、坑内ガスの有効利用・微粉炭助燃装置の設置などによる発電能率向上などの成果を挙げた。
1991(平成3)年廃止時には、北炭真谷地炭鉱株式会社が所管。

正面に位置する清水沢ダムは1940(昭和15)年に火力発電所の冷却水を取得する目的で建設、2,000キロワットの水力発電所が設置された。1994(平成6)年に北海道企業局へ譲渡、現在も3,400キロワットで発電が行われている。

火力発電所廃止後は東亜建材工業株式会社が工場・作業用地として取得、建物の解体を進めながら操業している。2011(平成23)年の「夕張清水沢アートプロジェクト」の開催を機に、現在は解体を停止中。

北炭清水沢炭鉱ズリ山


北炭清水沢炭鉱(1947ー1980)の2代目のズリ山。
初代は電力所の灰山(アク山)の横に積み上げたもの。2代目が最も高く、清栄町の夕張川沿いにそびえる60mほどのもの。3代目は川の向こうの山の斜面に積み上げたものの、程なくして閉山したためほとんど山の形にならなかったもの。
2代目のズリ山は、平坦な農地を買い上げ積み上げられた。そのため、谷間の夕張市内にあってどの山林にも繋がっておらず、頂上からは360°景色を見渡すことができる。
2011年にNPO法人炭鉱の記憶推進事業団が開催した夕張清水沢アートプロジェクトを契機に、ズリ山をもっと親しまれる存在として活用しようと、夕張市から許可をいただき、同法人などが中心となって草刈りや階段作りなどのズリ山整備作業を地域内外の方々とともに少しずつ行なっている。

JR清水沢駅

1897(明治30)年北海道炭礦鉄道の駅として開業。1906(明治39)年国有化。1911(明治44)年に大夕張鉄道が開通すると、夕張本町方面と大夕張方面との分岐点として、駅前市街地は多くの人で賑わった。大夕張鉄道は当初貨物のみの乗り入れであったが、1947(昭和22)年から旅客乗り入れが開始された。1987(昭和62)年、大夕張鉄道廃止。2004(平成16)年に北海道で最後まで残ったタブレット閉塞区間(新夕張-清水沢)と腕木式信号機が廃止となった。現在は1面1線になったが、7番線まであった広い構内の面影が濃く残る。窓口の営業時間(平日7:10~14:00)には、手書きの切符が購入できる。