旧駅舎が残ること、残す人のこと

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かつて空知には、幌内線という鉄道がありました。
幌内線は、沿線の北炭幌内鉱、北炭幾春別鉱、住友奔別鉱などから産出される石炭輸送に大きな役割を果たしました。
1882年(明治15年)に幌内線の前身である官営幌内鉄道が開通したのち、北海道炭礦鉄道に譲渡されましたが、やがて炭鉱閉山に伴い貨物輸送量は減少し、幌内線は1987年(昭和62年)に全線廃止となりました。

鉄道が走らなくなった今でも三笠・岩見沢市内には、萱野駅、三笠駅(クロフォード公園)、唐松駅など、旧駅舎がいくつか残っています。「そらち炭鉱の記憶アートプロジェクト2014」では、幌内線 旧唐松駅を、会場として使わせてもらっています。

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旧唐松駅に作品「光の入口」を展示している今村育子さんは、会場の下見を行った際、空間の光がとても綺麗だと仰っていたのが、印象に残っています。

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旧駅舎が残ること、その裏には、駅を残す人の存在があります。
唐松駅の美観活動を有志で行っているのは、駅の裏に住んでいる、大工の木村一三さん。
かつての駅舎をただ綺麗に保存するのではなく、人に喜んでもらえるような、人に活かしてもらえるような唐松駅にしたい。その思いから、“美化”活動ではなく“美観”活動と名付け、唐松駅周辺の草刈り、清掃、花壇の手入れ、駅での盆踊りの開催などを、仲間と一緒に、10年間に渡り行ってきました。

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彼が手に持っているのは、手作りの床磨き布。
雑巾に麻紐を巻き付けたもので、毎朝これを使って、唐松駅内の床を磨いてから仕事に出かけます。

「駅の美観活動を続けると、人との出会いがたくさんあった。駅のためにやっているようで、自分のためにもなっているんだ。」
木村さんはそう仰っていました。
「床を磨き上げると、コンクリートの砂、埋め込まれた小石、すべてが山から運ばれてきたのだと気づく。窓を磨くと、昔ながらの製法の歪んだガラスに面に、現在の風景が映り込む。この駅には、昔と今が同居しているという、その価値を高めていきたい。私が勝手に気付いたのではない。あなたたちが、この場所が素晴らしいと褒めてくれたから、気付き始めたんだよ。」
その言葉を聞いて、木村さんも唐松駅を通して地域の記憶を掘り起こしている一人なのだと感じました。

旧唐松駅会場では、作品をまとう澄んだ空間や、駅の重ねてきた時間も感じながら、じっくり時を過ごしてみて下さいね。

 

プロジェクトマネージャー・秋元さなえ(NPO炭鉱の記憶推進事業団)